当世無職気質ー僻地ニート日誌ー

うつ病休職から退職、転職し、ヘロヘロになりながらもなんとか生きてるミドサーOL

【書評】安部公房『燃えつきた地図』(新潮文庫)

 

「誰だって、どんな健康な人間だって、自分の知っている場所以外のことなど、知っているわけがないのだ。誰だって、今のぼくと同じように、狭い既知の世界に閉じ込められていることに変りはないのだ。坂のカーブの手前、地下鉄の駅、コーヒー店、その三角形はなるほど狭い。狭すぎる。しかし、この三角形が、あと十倍にひろがったところで、それがどうしたというのだ。三角形が、十角形になったところで、何処がどう違うというのだ。」(pp.390)

 

 

こんにちは。asakunoです、今回は読んだ本の感想を。

燃えつきた地図 (新潮文庫)

燃えつきた地図 (新潮文庫)

 

安部公房の『燃えつきた地図』を読みました。

安部公房で最も有名なのは『砂の女』でしょうか。

あとは、『壁』『箱男』『他人の顔』なども知名度は高いかな。

(ちなみに私は、「水中都市」「デンドロカカリヤ」の2作品がとても好きです)

 

どの作品も、独特の作者の空想の世界に引きずり込まれるような印象がありましたが、

この作品は、そういう観点からいくと、かなり現実的な描写が多かったように思います。

 

文庫の裏側の解説には「現代の都会人の孤独と不安を鮮明に描いて、読者を強烈な不安に誘う」とありましたが、そこまでではないかなぁ。

(「水中都市」の方が、よっぽど強烈鮮明な現代社会の混沌を独特の筆致で描いているように感じますし。)

 

とはいえ、面白かったです。

長編なので、少し寝かせてまた再読したい。

 

「探偵小説」のような構成になっていますが、物語の核心とは関係のない、脇役?風景の一貫としての登場人物の描かれ方にも、かなり興味を惹かれます。

 

そして、印象に残る色の描写。

象徴的に繰り返し強調される色があって、まるで作品に横たわる基調色のように、読んでいる最中ずっと目の裏を支配されている感じになります。

 

田代君という、登場人物のセリフを終わりに替えて。

 

「ほら、あんなに沢山の人間が、たえまなく何処かに向って、歩いていくでしょう……みんな、それぞれ、何かしら目的を持っているんだ……ものすごい数の目的ですよね……だからぼくは、ここに坐って外を眺めるのが好きなんです……くよくよ、つまらないことを考えていたら、取り残されてしまうぞ、みんながああして、休みもせずに歩きつづけているのに、もしも自分に目的がなくなって、他人が歩くのを見ているだけの立場におかれたりしたら、どうするつもりなんだ……そう思っただけで、足元がすくんでしまう……なんだか、すごく侘しい、悲しいような気持ちになって……そして、どんなつまらない目的のためでもいい、とにかく歩いていられるのは幸福なんだってことを、しみじみと感じちゃうんだな……」(pp.294)